Apres un reve



きらきらと遙か上の天井で輝くシャンデリアが広大なホールを明るく照らす。

磨き抜かれた窓は水晶のように輝き、ゴシック風の装飾も全てが美しく陰影を刻むホールの真ん中には深紅の絨毯が敷かれ片方の端はホールの入口であろう扉につながっていた。

そしてそのもう片方の端はというと、ホールの最奥で一段高くなったフロアにいる・・・・かなでの足下へと伸びている。

絨毯の脇には中世貴族風の服に身を包んだ男達がずらっと整列している様がなかなかに壮観だ。

と、そこまできて。

(・・・・あれ?)

かなではちょっとした違和感を覚えた。

例えば並んでいる男達の真ん中辺にいるがっちりと騎士の鎧で固めた顔にバッテンの傷があるのは火積だ。

どう見ても火積だが・・・・火積はいつもあんな格好だっただろうか?

火積の横は白とエメラルドグリーンを基調にした王子様風の八木沢だ。

普段から穏やかな空気を纏った八木沢なので、今の姿も全くと言って良いほど違和感はない。

違和感はないけれど・・・・あれ?

などと、首をかしげつつ自分の姿を見下ろしてみればどこかで見覚えのある真っ白のドレスに身を包んでいる。

胸の寄ったドレープが優雅なそのドレスは、前に着た時はもう少し裾が短かったような気がするが今は床に長く裾を引いていた。

(あれ?・・・・何か)

変、とかなでが結論を出そうとしたその時。

ばあんっと派手な音をたててホールの扉が開いた。

「王!ハルが帰って参りました!」

飛び込んで着た侍従風衣装に身を包んだ響也の声が高らかにホールに響き渡った瞬間、ホールに集っていた男達が大きくざわめいた。

そしてかなでの隣、玉座に座っていた王 ―― 深紅のマントを重そうに着けた律が立ち上がる。

「無事戻ったか。」

「は!多少の傷はあるものの無事に帰還しました。」

おおお〜、と歓喜とも驚きともつかぬ声がホールにさざ波のように広がっていく。

一人展開について行けないかなでを他所の方をちらりと律は見て呟いた。

「これで約束を果たさねばならないな。」

「え?」

何の話?と聞き返すより前に、隣から深いため息が聞こえて驚いて振り返ると、そこにはこれまた全然違和感なく王子風・・・・というかむしろまんま王子な大地が立っていてどこか残念そうに笑っていた。

「まさか本当に冥加を倒してくるなんてね。これで可愛い妹を嫁に出さないといけなくなってしまったな。」

「え?え?」

「どうしたんだい?ひな。もし嫌になったら今からでもやめてかまわないんだよ。」

「え?そ、そうじゃなくて・・・・」

冥加とか妹とか全然身に覚えがないんですけど!?という叫びをかなでが上げようとした、その時だった。

ホール内に華やかなファンファーレが響き渡る。

驚いてホールの扉へ目をやったかなでは、息をのんだ。

今まさに深紅の絨毯に足を踏み出そうとしているのは、見間違える事などない、かなでの恋人、悠人だった。

しかし彼の姿はかなでが知るどれとも違っていた。

金色の髪も意志の強そうな青い瞳も変わらないけれど、身を包んだ服はまさしく騎士だったから。

それも昨日今日着たお仕着せのようなものではなく、悠人のもつ空気に自然になじんだそれは彼が本物の騎士であると知らしめるのに十分な力を持っていた。

いくらかくすんだ銀の防具さえも悠人を凛々しく浮き立たせるようだ。

腰に刷いた白銀の剣が誇らしげにカチャリと鳴った。

(か・・・・こいい・・・・)

ただでさえ大好きな恋人の凛々しい姿にかなでは今までの違和感やら疑問やらなど何処へやら。

ただただ見惚れていると、ふっと悠人と目が合った。

(わっ)

どきんっと規格外に鳴り響いた鼓動に思わず胸を押さえてしまうかなでに、悠人はそれまでの張り詰めた表情を一瞬崩した。

ふわっと包み込むような笑顔に。

(っ!)

一瞬本気で息が止まるかと思った。

馬鹿な事をと言われてもそれぐらいの破壊力があったのだ。

そんなかなでから悠人は再び視線を律へ戻すと、深紅の絨毯を堂々と歩き出した。

男達の間を抜けて、真っ直ぐ律の王座の元へ。

どんどんと近づいてくる悠人の姿に釘付けになりながらも、かなでの鼓動は加速度的に早くなる。

その視線の先で、王座の下へ辿り着いた悠人は、ごく自然な仕草で片膝をついた。

かしゃり、と彼の甲冑のたてた音が水を打ったように静まったホールに響く。

「水嶋悠人、只今帰還致しました。」

「ああ。ご苦労だった。報告を聞こう。」

「は。魔王・冥加は仲間の力を借りこの手にて討ち果たしました!」

その宣言と同時に、ホールに歓声がはじけた。

悠人への讃辞、歓喜、温かい揶揄、安堵、様々な声がまるで紙吹雪のように一面に舞い散る。

王座にいる律もまた満足そうに何度も頷くと、静かに「小日向」と声をかけた。

「はい?」

「こちらへこい。」

とっさに答えたかなでに律が手招きをする。

どうするべきか戸惑っていると背中から大地にそっと押されて、促されるままに白いドレスを引いてかなでは玉座のすぐ脇に立たされた。

「水嶋、お前は魔王冥加を倒すという下級騎士でありながら姫と結婚したいという申し出に俺が付けた条件をクリアした。」

静かに周知の事実を告げるように言った律のセリフに心から驚いたのはかなでだ。

(け、結婚!?)

いつの間にそんな話に!?と思ったもののそんな事をいう間もなく、頭を垂れたままの悠人が力強く頷いた。

「はい。」

(えええ!?ほんとに!?)

「本来であれば下層の身分であるお前と姫は出会うはずもない。それが我が国伝統の宮廷楽団で出会ったのは何かの運命だったのかも知れないな。」

「は。」

(あ、やっぱり楽器やってるんだ。)

何故か変な所にほっとするかなで。

「さあ、水嶋。お前は不可能とも思える約束を果たした。もはや俺には阻むべき理由はない。小日向を必ず幸せにしろ。」

「はい!」

律の言葉にここまでずっと固かった悠人の声が僅かに弾んだ。

そして顔を上げ、初めてかなでを見つめた。

とくん、とくん、と耳元で鼓動がうるさい。

まるで射止められたように動く事もできないかなでの足下に、悠人は改めて膝をつくとその右手を取ってそっとかなでを見つめた。

それだけで普段から鈍感だと言われがちなかなででも分かるほどに悠人の気持ちが伝わってきて、目眩がしそうなのに、あろうことか悠人はそっとかなでの手の甲に唇をよせ恭しくキスをしたのだ。

「っ!」

手の甲から痺れるような衝撃がかなでを包む。

どうして倒れないでいられるんだろう、と真面目に思うぐらいに心臓は大忙しだ。

絶対に顔も赤くなってるに違いないと思うのに、出来ることはただ悠人の瞳を見つめる事だけ。

「姫。」

悠人の唇が静かに言葉を紡ぐ。

ああもう、このシチュエーションで考えられる言葉など一つだ。

甘い期待が大きく膨らんで思わず息を詰めるかなでに、青い瞳に真剣な色を乗せた悠人が言った。

「姫、どうか僕と」

(どうか僕と!)
















「合奏してもらえませんか。」















「―― それがプロポーズっ!!???!?」

ガバアッッ!!

力いっぱい布団を跳ね上げて、かなでは心の底から叫んだ。

叫んで・・・・・・・・・・・・叫んでから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

気が付いた。

自分の目に映っている光景がキラキラのホールでもなんでもなく、見慣れた実家の自分の部屋であることに。

ついでにいうなら、格好はパジャマ。

座っている場所はベッド。

とくれば、結論は一つだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢?」

そう、まさしく夢、100%夢、まごうことなく夢。

思わず口元が引きつりそうになりながら視線を向けた先には、1/2の表示を上に乗っけたデジタル時計と神戸の夜景をバックに悠人と撮ったツーショットの写真が収まったフォトフレームが机の上で朝日に輝いていて。

「・・・・・・・・〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

なんて初夢を見てるの!とか、アレが憧れのシチュエーションなの!?とか自分を心から問い詰めたくなるほどの恥ずかしさにかなでは悶絶する。

布団を叩いたり声にならない声で呻いてみたりしながらも、かなではふとよぎった不安に小さく呟いた。

「本当にあの言葉でプロポーズだったらどうしよう・・・・。」

悠人の事は大好きだ。

プロポーズなんてされたら夢のように目眩がするほど嬉しいに違いないと断言できる。

断言できるけれども!

「・・・・えっと、新くんに頼んでおこう。」

小日向かなで、今年最初の目標は関節的に恋人に素敵なプロポーズの言葉を教える事に決まったらしい。

















                                            〜 END 〜
















― あとがき ―
あけましておめでとうございます〜。
新年復活第一弾がコレ(^^;)
我ながらどうかと思いつつも、意外と楽しかった1作でした。
一応、コルダ無印であった宮廷パロのコルダ3版的なイメージで書いてみました。
配役は以下の通り。

姫:小日向かなで
王:如月律
王子:榊大地
下級騎士:水嶋悠人
侍従:如月響也
悠人の上司的騎士:火積司郎
宮廷楽団員の上級貴族:八木沢雪広
魔王:冥加玲二

多分、身分違いの恋をした騎士と姫に王様が魔王を倒してきたら姫に求婚してもいいよと言った模様。
・・・・響也の扱いが酷くてすいません(^^;)

タイトルはフォーレの「夢のあとで」。